カテゴリ:掛け軸( 25 )
山岡鉄舟 一行書 読み下し訂正いたします。
今年の3月25日のブログ「表具日記」に「山岡鉄舟の一行書について読み下しの試みと言うタイトル」で投稿したしました。
そして先日、その投稿について静岡県牧之原市にお住まいの田久明様からお葉書を頂きました。

「処萬変主一敬」

「万変に処する一敬を主とす」(ばんぺんにしょする いっけいをあるじとす」

「世の中がさまざまに変化しても、敬う事が大切である」

というような読み下しを教えて下さった。

掛軸の施主様にも早速、訂正してお知らせしなければ。
田久様にはお葉書まで頂教えていただいたこと大変有難く感謝いたしております。
これからもたどたどしくあってもブログに投稿していきたいと、思いを新たにした出来事でした。

田久様には頓珍漢な返信のお手紙を書いてしまいました。
今朝、そのことに気付いたという次第です。
田久様がこのブログを読んで下さいますように・・・・・。

因みに3月25日のブログを載せておきます。笑ってやって下さい。




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山岡鉄舟の一行書だ。
これを何と読むか。ああでもない、こうでもないを繰り返し
「処栄発乞我」ではないか、というあたりに落ち着いた。
「発」が意味的にどうなんだ、ということになったとき
鉄舟の江戸城無血開城の時のエピソードがふとうかんだ。
江戸城内に居た西郷隆盛に談判のために一人で乗り込んだとき
「我朝敵山岡鉄舟なり。まかり通る」と大発声し、堂々と入って行った。
という「大発声」のことが思い浮かんだのだった。
たった一人で江戸城に向かっていった命を賭した行動は
「大発声」というエピソードが物語っている。
そのことが明治以降、栄えた処(日本)をもたらしたのだと。
この「発」という文字はまさにこの時の「大発声」の「発」ではないだろうか。
そうだとすればこの掛け軸の一行書は得難いものではないのだろうか。
というあたりに落ち着いたのだった。

これは読み下しの試みなので、どなたかご存知の方がいらっしゃれば
教えていただきたいと思い、敢えて記すことに致しました。
どうぞよろしくお願い申しあげます。

軸源のホームページはこちらからどうぞ⇒jikugen.jp

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by jikugen | 2015-08-31 10:45 | 掛け軸 | Comments(0)
四国八十八ヶ寺の御札の掛軸仕立て 真の行  佛表具
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
軸源のホームページがリニューアル致しました。⇒jikugen.jp

本日のご案内は四国八十八ヶ寺の御札の表具です。
どうぞお付き合い下さいませ。
四国八十八ヶ寺お遍路のモノクロの御札の掛軸は仕立ててきましたが
カラーの御札の表具は今回が初めてでした。
モノクロの御札に比べてカラーの御札は大きさは揃っているのですが
随分硬いので掛軸表装にかなりてこずりました。
仕上がり写真を撮っていると思っていたのですがどうもとっていなかったようです。(ヤキがまわりました)
納品先の床の間に掛けた状態を一枚撮ったものをアップ致します。
あらためて写真を撮る為にお借りしようかと思います。
でもとりあえず仕上がりをご案内したいと思います。
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掛け軸の表装・額の表装・額・屏風の表装・衝立の表装・巻子・帖・襖など表装・表具一式を扱っております。
身近な修復では色紙の染み抜きは大変好評をいただいております。
そして数百年を経た古書画の修復は古さを残した洗いに心掛け
代々まで伝えていく表具を提供したいと考えています。
またオーダーによる各種表装・表具のデザインは1980年頃から
まだ見ぬクオリアをめざし、取り組んできました。
それらはブログによる「表具日記」で継続的にご紹介してきております。
今年から当店のオリジナル商品・扇子飾り具「かなめ」を発売中でございます。
「かなめ」は「扇子展示」や「扇子展」で検索いただけます。
見積もりなどお気軽にお問い合わせください。
お待ちいたしております。

722-0062 尾道市向東町1222-50
☎︎ 0848-44-2249(📠兼用)
表具処 軸源のホームページはこちらです⇒jikugen.jp
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by jikugen | 2015-07-28 21:54 | 掛け軸 | Comments(0)
「四国八十八ヶ寺」お札の本紙形成過程
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。

本日のご案内は昨日に引き続きまして「四国八十八ヶ寺」の掛軸表装の段取りです。
四国八十八ヶ寺のそれぞれのお寺のご本尊を仕立てたお札です。
この八十八ヶ寺のお札を糊付けして一枚の本紙に仕立てます。
乾燥の強い時はn糊付け部分が引き攣り、全体の形が歪んでしまいます。簡単なようで実に難しいのです。
今日のような湿気のある天候の時を狙って糊付けします。
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次の写真は約8㎜幅のテープ上の薄い布(筋取り専用に織られたナナコと呼ばれる薄くて柔らかい表具裂地)によってお札を繋ぎ合わせた本紙の裏面です。
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最後に「弘法大師像」のお札を中央にはめ込み、本紙形成の第一段階はとりあえず完成です。次の写真は八十八枚のお札をすべて繋ぎ合わせた完成形となります。
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これから本紙に肌裏打ちという作業をいたします。順次、掛軸完成までの途中経過を写真案内させていただく予定でございます。


表具処軸源は広島県尾道市の表具店です。
掛け軸表装・額表装・額・屏風・衝立・巻子・帖・襖など表具一式。
身近な修復では色紙の染み抜きから数百年を経た古書画の修復まで。
またオーダーによる各種表具のデザインまで幅広く取り組んでおります。
当店のオリジナル商品・扇子飾り具「かなめ」発売中です。
「扇子展示」や「扇子展」で検索いただけます。

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by jikugen | 2015-06-06 14:03 | 掛け軸 | Comments(0)
「四国八十八ヶ寺」
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
掛け軸表装・額表装・額・屏風・衝立・巻子・帖・襖など表具一式。
修復から各種デザインまで幅広くやっております。
当店のオリジナル商品・扇子飾り具「かなめ」発売中です。
「扇子展示」や「扇子展」で検索いただけます。

本日のご案内は「四国八十八ヶ寺」の掛軸表装の段取りです。
四国88ヶ寺のそれぞれのお寺のご本尊を仕立てたお札です。
この88ヶ寺のお札を糊付けして一枚の本紙に仕立てます。
簡単なようで実に難しいのです。
今日のような湿気のある天候の時を狙って糊付けします。
三代目と僕と二人でパーツを分担して取り組みます。
気温が高く乾燥した日は糊付けした箇所が引きつりやすいので
今日のような日はもってこいなのです。
写真でご案内致します。
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こんな感じでお札を糊付けし一枚の本紙の如く仕上げるのです。乾燥が速いと糊付けの箇所が引きつり、次の段階に悪い影響を与えます。ほんとうにデリケートです。(写真で見ると麻雀牌のようでもあります)


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by jikugen | 2015-06-05 19:42 | 掛け軸 | Comments(0)
染布を色紙掛けに仕立てる
こんにちは。
広島県の表具店/表具処軸源です。
本日のご案内は『染布を色紙掛けに仕立てる』です。
完成写真をご覧ください。
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(続く・・・・・・・です)
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by jikugen | 2015-04-04 09:31 | 掛け軸 | Comments(0)
山岡鉄舟一行書  読み下しの試み
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山岡鉄舟の一行書だ。
これを何と読むか。
ああでもない、こうでもないを繰り返し
「処栄発乞我」ではないか、というあたりに落ち着いた。
「発」が意味的にどうなんだ、ということになったとき
鉄舟の江戸城無血開城の時のエピソードがふとうかんだ。
江戸城内に居た西郷隆盛に談判のために一人で乗り込んだとき
「我朝敵山岡鉄舟なり。まかり通る」と大発声し、堂々と入って行った。
という「大発声」のことが思い浮かんだのだった。
たった一人で江戸城に向かっていった命を賭した行動は
「大発声」というエピソードが物語っている。
そのことが明治以降、栄えた処(日本)をもたらしたのだと。
この「発」という文字はまさにこの時の「大発声」の「発」ではないだろうか。
そうだとすればこの掛け軸の一行書は得難いものではないのだろうか。
というあたりに落ち着いたのだった。

これは読み下しの試みなので、どなたかご存知の方がいらっしゃれば
教えていただきたいと思い、敢えて記すことに致しました。
どうぞよろしくお願い申しあげます。

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by jikugen | 2015-03-23 19:47 | 掛け軸 | Comments(0)
井上円了書  掛け軸
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
本日のご案内は妖怪学の泰斗・井上円了博士の書・掛け軸です。
なんと書かれてあるのかは、これからの問題です。

忠 日 孝 月 照 心 天

だと思いますが意味がわかりません。

儒教の世界観でしょうか。

とりあえず写真をアップしておきます。


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ウィキペディアよりご案内致します。

井上円了
井上 円了(いのうえ えんりょう 井上圓了、1858年3月18日(安政5年2月4日) - 1919年(大正8年)6月6日)は、仏教哲学者、教育家。
多様な視点を育てる学問としての哲学に着目し、後に東洋大学となる哲学館を設立した。また、迷信を打破する立場から妖怪を研究し『妖怪学講義』などを著した。「お化け博士」、「妖怪博士」などと呼ばれた。
目次 [非表示]
1 経歴
2 主な業績
2.1 東洋大学創設
2.2 京北中学校創設
2.3 哲学堂公園設立
2.4 妖怪研究のパイオニア
2.5 社会教育と生涯教育の提唱
3 著書
4 関連項目
5 外部リンク
経歴[編集]
1858年(安政5年)、越後長岡藩(現・新潟県長岡市、合併前は新潟県三島郡越路町)にある真宗大谷派の慈光寺に生まれる。父は円悟、母はイク。
16歳で長岡洋学校に入学、洋学を学ぶ。1877年(明治10年)、京都・東本願寺の教師学校に入学。翌年、東本願寺の国内留学生に選ばれて上京し、東京大学予備門入学。その後東京大学に入学し、文学部哲学科に進んだ。
1885年(明治18年)に同大学を卒業し、著述活動を開始する。また、哲学普及のため、哲学館(本郷区龍岡町、現在の文京区湯島にある麟祥院内。その後哲学館大学を経て現在は東洋大学として現存)および哲学館の中等教育機関として京北中学校(第二次世界大戦後に東洋大学から独立、学校法人京北学園となり、現在は東洋大学の附属校)を設立する。
哲学館事件によって活動方針を見直すことにした1905年(明治38年)に哲学館大学学長・京北中学校校長の職を辞し、学校の運営からは一歩遠ざかる。その後は、中野にみずからが建設した哲学堂(現・中野区立哲学堂公園)を拠点として、生涯を通じておこなわれた巡回講演活動が井上による教育の場としてあり続けた。遊説先の満州・大連において62歳で急死するまで、哲学や宗教についての知識をつたえるとともに、迷信の打破をめざして活動した。
主な業績[編集]
東洋大学創設[編集]
円了は、あらゆる学問の基礎である哲学を学ぶことが日本の近代化にとって重要であるとの観点から、その教育に大きな力を注いだ。「諸学の基礎は哲学にあり」という教育理念のもと1887年(明治20年)に麟祥院にて哲学館を創立し、これは哲学館大学を経て東洋大学となった。円了が生涯をかけておこなった全国巡回講演は、哲学館に専門科を設け高等教育機関としていくための寄付を募る活動として始められたものでもあった。哲学館初代館主、哲学館大学初代学長を歴任。
京北中学校創設[編集]
一方中等教育機関としては、1899年(明治32年)に京北中学校を創立した。これは現在の京北中学校・高等学校の前身である。
哲学堂公園設立[編集]
「哲学堂公園」を参照
妖怪研究のパイオニア[編集]
哲学者として著名な円了であるが、近代的な妖怪研究の創始者としても知られ、オカルティズムを廃した科学的見地から研究を行った。
円了は『妖怪学』『妖怪学講義』などでそれぞれの妖怪についての考察を深め、当時の科学では解明できない妖怪を「真怪」、自然現象によって実際に発生する妖怪を「仮怪」、誤認や恐怖感など心理的要因によって生まれてくる妖怪を「誤怪」、人が人為的に引き起こした妖怪を「偽怪」と分類し、例えば仮怪を研究することは自然科学を解明することであると考え、妖怪研究は人類の科学の発展に寄与するものという考えに至った。
こうした研究から、円了は「お化け博士」「妖怪博士」などと呼ばれた。彼の後の体系的な妖怪研究は、江馬務、柳田國男の登場を待つこととなる。
いわゆる「こっくりさん」(テーブル・ターニングTable-turning)の謎を科学的に解明したのも彼である。
円了によれば、妖怪は (1) 実怪と (2) 虚怪に、 (1) 実怪はさらに (A) 真怪と (B) 仮怪に、 (2) 虚怪はさらに (C) 偽怪と (D) 誤怪にそれぞれ分けられるという。すなわち、 (A) 真怪は超理的妖怪であり、宇宙の万物で妖怪でないものは無く、水も小石も火も水も妖怪である。 (B) 仮怪は自然的妖怪であり、(ア)物理的妖怪(人魂や狐火など)と(イ)心理的妖怪(幽霊や憑霊など)とがある。 (C) 偽怪は人為的妖怪であり、利欲その他のために人間が作り上げた妖怪である。 (D) 誤怪は偶然的妖怪であり、たとえば暗夜に見る石地蔵(鬼)、枯尾花(幽霊)を妖怪と見るものである。世間でいう妖怪の5割は (C) 偽怪、3割が (D) 誤怪、2割が (B) 仮怪である。この3種は科学的説明ができ、 (A) 真怪の研究によって宇宙絶対の秘密が悟得できる、という。
社会教育と生涯教育の提唱[編集]
哲学による文明開化を志向していた円了は、様々な理由で大学教育を受けられない「余資なく、優暇なき者」でも学べる場を作るべきであるという考え方から1888年(明治21年)には「館外員制度」を設け、「哲学館講義録」を発行していた。これは日本における大学通信教育の先駆けである。また、哲学館事件を経て、円了は西洋のように学校教育が終了した後も自由に学問を学ぶことが重要であるとの考え方から日本全国を行脚し、各地で哲学と妖怪学の講演会を行うようになった。これは生涯教育の提唱であり、波多野完治の提唱よりも早い段階での実践であった。円了の提唱した生涯教育は「哲学館講義録」と連携して、日本各地のみならず中国大陸などにも「館外員」を増やすこととなった。
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by jikugen | 2015-03-12 13:41 | 掛け軸 | Comments(0)
藤井松林  水墨淡彩/老漁人   掛け軸
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
本日のご案内は江戸末期の生まれ備後福山の画家・藤井松林の掛け軸です。
紙本大幅で紙面いっぱいに老漁人が描かれています。
今で言う水墨淡彩による素描です。
素描とはいえ肩に掛けた網や腰の魚籠や被った蓑や笠など、当時の生活が伝わってきます。
海ではなく河の漁師なんでしょうね。
大掴みに老漁人を捉え、味わい深い水墨画です。
本紙には所々折れと穴埋め修理が必要な破れがあり、それを修理いたします。
紙面にそれほどの汚れはないので古さを残した洗いを施します。
仕立て直しが済んだらブログでご紹介する予定です。

今日、備後地方はこの時期には珍しい雪となりました。
とても冷え込みます。
皆様もお大事に。

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by jikugen | 2015-03-10 14:24 | 掛け軸 | Comments(0)
そもさん(作麼生)     茶掛け
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こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
本日のご案内は茶掛け表具の仕立て直し前の現状です。
「作麼生(そもさん)といふてくれるな気がつまる」作者不明(これから調べます)
「作麼生(そもさん)」とは禅問答における呼びかけの言葉で、
「説破(せっぱ)」と受けて答えるのだそうです。

「作麼生(そもさん)」「説破(せっぱ)」と書いて「そもさん」「せっぱ」と読むのだそうです。
「切羽詰る」の語源はここからきているのでしょうね。
「説破(せっぱ)」

まさしく
「そもさんといふてくれるな気がつまる」です。

本紙下方のだるま図は、どう振舞ったらいいのかわからず、手も足も出ない状況なのでしょうか。
人生いつもはじめての場面の連続です。
どう振舞えばよいのかわからないことばかりです。
禅問答のやり取りは、手も足も出ない状況を人為的に作るため無理難題を投げ掛けるのだろう。
禅問答とはそういう状況に陥った時にうろたえないための鍛錬なんだと。


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by jikugen | 2015-03-09 13:35 | 掛け軸 | Comments(0)
山岡鉄州揮毫掛け軸仕立て直し
こんにちは。
広島県尾道市の表具店/表具処軸源です。
本日のご案内は山岡鉄州揮毫の掛け軸仕立て直しです。まずは修復前の写真をご覧ください。
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次は修復後の写真です。
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表具裂地 は漆箔菱小紋をつかいました。

裂地の名称は漆箔ですが金箔などの金属ではなく横糸に漆を塗布した繊維を織り込んでいる変わった表具地裂です。
鈍い光を放つこの裂地によって山岡鉄州の渋さを表せたらと考えました。
鉄舟のその生き様は緻密かつ豪快であり「書は体を現す」の語義どおり躊躇することのない,粘りつく強い筆圧は画仙紙に書くというより、画仙紙の向こう側、現実の向こうに突き抜けようとしている鉄舟の生き様そのもののように感じられます。そのような鉄舟の書は現在においても大変に人気が高いものとなっています。

ウィキペディアによると

山岡鉄舟(てっしゅう)は、幕末から明治時代の幕臣、政治家,思想家。剣・禅・書の達人としても知られる。

鉄舟は号、他に一楽斎。通称は鉄太郎(てつたろう)。一刀正伝無刀流(むとうりゅう)の開祖。「幕末の三舟」のひとり。栄典は従三位勲二等子爵。
因みに「幕末の三舟」は勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟

江戸無血開城[編集]

西郷・山岡会見の史跡碑
(静岡市葵区)

慶応4年(1868年)、精鋭隊歩兵頭格となる。江戸無血開城を決した勝海舟西郷隆盛の会談に先立ち、3月9日官軍の駐留する駿府(現静岡市葵区)に辿り着き、伝馬町の松崎屋源兵衛宅で西郷と面会する。

2月11日の江戸城重臣会議において、徳川慶喜は恭順の意を表し、勝海舟に全権を委ねて自身は上野寛永寺に籠り謹慎していた。海舟はこのような状況を伝えるため、征討大総督府参謀の西郷隆盛に書を送ろうとし、高橋精三(泥舟)を使者にしようとしたが、彼は慶喜警護から離れることができなかった。そこで、鉄舟に白羽の矢が立った。

このとき、刀がないほど困窮していた鉄舟は親友の関口艮輔大小を借りて官軍の陣営に向かった。また、官軍が警備する中を「朝敵徳川慶喜家来、山岡鉄太郎まかり通る」と大音声で堂々と歩行していったという[1]

3月9日、益満休之助に案内され、駿府で西郷に会った鉄舟は、海舟の手紙を渡し、徳川慶喜の意向を述べ、朝廷に取り計らうよう頼む。この際、西郷から5つの条件を提示される。それは、

  • 一、江戸城を明け渡す。
  • 一、城中の兵を向島に移す。
  • 一、兵器をすべて差し出す。
  • 一、軍艦をすべて引き渡す。
  • 一、将軍慶喜は備前藩にあずける。

というものであった。このうち最後の条件を鉄舟は拒んだ。西郷はこれは朝命であると凄んだ。これに対し、鉄舟は、もし島津侯が同じ立場であったなら、あなたはこの条件を受け入れないはずであると反論した。西郷はこの論理をもっともだとして認めた。これによって江戸無血開城がすみやかにおこなわれる。

3月13日・14日の勝と西郷の江戸城開城の最終会談にも立ち会った。5月、若年寄格幹事となる。


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by jikugen | 2015-03-03 13:46 | 掛け軸 | Comments(0)



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